人物紹介
中原中也(俳優:池上リョヲマ)
(なかはら ちゅうや、1907年4月29日-1937年10月22日)詩人。山口県湯田温泉生まれ。詩集『山羊の歌』、『在りし日の歌』。父は軍医(森鴎外の教え子)、子煩悩で中也を川に泳ぎにも行かせなかったという。16歳の時、山口中学を落第し、京都の立命館中学に転入。丸太町橋際の古本屋で高橋新吉の『ダダイスト新吉の詩』を読んで感激し、ダダ風の詩を書く。長谷川泰子と知り合い同棲。1925年3月、泰子と東京へ。東大仏文科に在籍中の小林秀雄と交流、11月泰子が小林のもとへ去る。中也は以後も泰子との復縁を望み続け、京大在籍中の大岡昇平を訪ねる京都旅行に同行したり、大岡ら成城グループと出した同人誌「白痴群」に泰子の詩を掲載したり、泰子が同志社出身の山川幸世の子を生んだ時には、名付け親となって、頻繁に面倒を見たりしている。御茶ノ水のアテネ・フランセでフランス語を学び、ランボーなどフランス詩を読みふける。1931年、東京外国語学校仏語部に入学、33年卒業。上野孝子と結婚し、34年長男・文也誕生、同年、詩集『山羊の歌』刊行。36年11月文也、突然の病死。精神衰弱になり精神療養所に入院。12月次男・愛雅誕生。37年9月、『ランボー詩集』刊行、第2詩集『在りし日の歌』の清書を終え、出版を小林に託す。10月結核性脳膜炎のため死去。38年、次男・愛雅死去、『在りし日の歌』刊行、青山二郎が装幀し、出版社探しにも奔走したという。1994年、山口市湯田温泉の生家跡に中原中也記念館開館。2007年4月 29日で生誕百年。
同志社大学言語文化教育研究センター版WIKIPEDIAより
同志社大学言語文化教育研究センター版WIKIPEDIAより